2003年7月5日土曜日。ジャカランダ農場主のカルロスさんが亡くなったその翌日、ブラジルの新聞"FOLHA(フォーリャ)"の1面で、ブラジル国民にその訃報が届けられました。
特に2面の記事は、カルロスさんの人柄を良くお伝えできると思います。ぜひ多くの人に読んでもらえるようにと思っています。(訳者より)
昨日の朝、カンピーナス市(サンパウロ州)にて農村の実業家であるカルロス・フェルナンデス・フランコ氏が亡くなりました。地域におけるオーガニックコーヒー生産のパイオニアで、日本市場へも輸出しています。カルロス・フランコ氏は、地域の道義的な自然保護の代表者でした。
篤志家で分かち合いを重んじるエンジニアのカルロス・フランコ氏は、特に若い同胞にチャンスを与えることを喜びとしていました。彼の飾らない人柄は、生活を共にする人々へ日々、教えを施すことにも現れていました。
カルロス・フェルナンデス・フランコ氏は、1996年11月に出版の雑誌"イマジェン&コンテウード(映像と内容)"の表紙を飾りました。
埋葬はカンピーナス市にて行なわれました。
金曜日の昼前、同僚のセルジオ・ペディーニを通じてカルロス・フランコ氏死去の知らせを受けました。命が終わりを告げ、取って代わる人のない寂しさは、友人らを悲しみに包みました。
私達のメディアにはカルロス氏の存在は、常に困難に立ち向かう活力そのものでした。なぜなら博識な彼は、我々に新たな道や出口を示し、そして人の一生を導く能力がありました。
彼の旅立ちに、「ALTERIDADE (アウテリダージ)(*2)」という言葉の本当の意味を感じ取りました。つまり、他者を受け入れ、隣人を受け入れることです。
その飾らなく模範的な人柄で、生活環境や農場労働者の家族への重責を果たしました。さらには、“本質は所有に勝る”総合的で持続可能な開発と呼ばれる責任も果たしました。
マシャード(*3)の住民として、マシャードが我が国の国境をも超えて行く活動をして、地域全体に新たな展望を創造して行きました。
凡庸が支配しそうな時、個人の利益が共通の利害や利益を脅かす時が来ても、マシャードとその地域は、尊厳を熱望する人々のため威厳ある試みを実行して道を照らす人を失っているのです。尊い友人カルロス・フランコ氏を賞賛する理由は、人生のあらゆる戦いの中で、あらゆる相違(*4)と共存する能力を持っていたこと。また、彼の常に変わらぬ心構えと、社会に敏感なところを深く尊敬します。
偉大な達人はいなくなりました。しかし、決して人の道や道徳心、尊厳を失うことのない家族、汗を流し、新たな試みの探求は引き継がれて行くでしょう。
悪を排除した土地を求める強い意志と希望を持った達人の記憶を生き生きと伝えるため、持続可能で環境に優しい有機農業への約束を再認識する必要があります。